大阪地方裁判所 平成4年(ヨ)4498号 決定 1993年12月24日
債権者
奥川吟香
右代理人弁護士
上坂明
同
小野裕樹
同
位田浩
同
金井塚康弘
同
岸上英二
同
内海和男
債務者
日本周遊観光バス株式会社
右代表者代表取締役
杉本敬一
右名代理人弁護士
辻口信良
主文
一 債権者が債務者に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。
二 債務者は、債権者に対し、平成五年一二月から本案の第一審判決言渡しに至るまで、毎月二八日限り、金三三万七一四三円の割合による金員を仮に支払え。
三 債権者のその余の申立てを却下する。
四 本件申立費用は、債務者の負担とする。
理由
第一申立ての趣旨
一 主文一項及び四項と同旨
二 債務者は、債権者に対し、平成四年一一月二一日以降、毎月二八日限り、金三三万七一四三円の割合による金員を仮に支払え。
第二事案の概要
一 争いのない事実
1 債務者は、観光バスの運送事業を営む株式会社である。
2 債権者は、昭和六〇年六月一〇日、バス運転手として、債務者に雇用され、以来、債務者から解雇されるまで、観光バスの運転業務等に従事してきた。
3 債権者は、日本周遊観光バス全自交労働組合に所属する組合員である。
4 債務者は、債権者が添乗員に対して非礼なる言動をしたこと、祝儀を強要したこと、女性車掌に対して嫌がらせをしたこと及び債務者会社から再三、注意を受けたにもかかわらず、改悛の情が認められないことを理由として、平成四年一一月一五日に、債権者を同月一四日付けで、就業規則一〇七条に基づいて諭旨解雇処分にする旨、債権者に対して通知した。
5 債権者は、右解雇前、毎月二八日限り、月額三三万七一四三円(三か月平均)の賃金を債務者から支給されていた。
二 主要な争点
1 債務者は、債権者に通知した前記の解雇事由を含めて、本件仮処分事件において、債権者には、次のような解雇事由を基礎づける事実がある旨を主張し、これらが債務者会社の就業規則一〇九条の一号(会社の名誉、信用を失墜せしめる行為をしたとき)、四号(所属長の許可なく濫りに長時間職場を離れたとき)、五号(正当な理由なく無断欠勤し業務の命に応じなかったとき)、八号(職務怠慢により事故を発生させ業務に阻害をきたしたとき)、一〇号(会社の指示命令に反し、乗客と争いを起こして会社に不利益を招いたとき)、一二号(虚偽の届出をして不当に給与を受けたとき)、一三号(職務に関し、濫りに会社の関係先より金品の贈与を受け、または酒食の供応を受けたとき)、一四号(会社の風紀を害し又は秩序を乱したとき)又は一五号(正当な事由がなく会社の承認を得ないで所定労働時間を超えて労働したとき)に該当すると主張する。
(1) 昭和六二年七月二八日、名古屋にて交替運転手として乗務するよう債務者から業務命令を受けていたにもかかわらず、パチンコをしていて、バスに乗り遅れて運転業務に従事しなかったため、債務者から出勤停止五日間の処分を受けたこと、
(2) 平成元年一二月一二日、同僚の伊藤昭一(以下、「伊藤」という。)と喧嘩したこと、
(3) 乗務記録を不正に記入し(なお、債務者は、運行指示書の改ざんないし不正記入との表現を使用するが、その主張を善解すると、バス運転手が記載することとなっている乗務記録を不正に記入した旨の主張と解される。)、労働時間を水増しして、債務者に対し、不当に時間外賃金を請求したこと、
(4) 平成四年一月二三日、同僚の小野信一(以下、「小野」という。)と喧嘩したこと、
(5) 平成四年三月七日、宿泊先の旅館に対して、債務者に無断で部屋を変えるように要求して、右旅館に多大な迷惑をかけた上に、現地車庫入れが遅れたこと、
(6) 平成四年三月二九日、旅行会社の現地ガイドから宿泊費を貰っているにもかかわらず、債務者に対して、宿泊費を二重に請求したこと、
(7) バス運転業務中に昼食のために行った料亭(鐘園亭)が満席であり、右料亭の従業員から、客に席を譲ってほしいと頼まれたにもかかわらず、これを無視して食事をするなど横柄な態度をとったこと
(8) 平成四年七月、東京都八王子市から帰阪する際に、中央道経由で帰るのが常識であるにもかかわらず、時間外賃金を稼ぐために、故意に首都高速経由で帰ろうとして、途中、人身事故を起こしたこと、
(9) 霊友会が客である運転業務について、何回も乗務を拒否したこと、
(10) 客や添乗員から、他の運転手やバスガイドの分と併せてという趣旨でチップを貰っているにもかかわらず、他の運転手やバスガイドに対して、その分を渡さず、全額を自己のものとしたことが何回もあったこと、
(11) 平成四年一〇月二六日、外国人旅行客に付き添っていた添乗員に対して祝儀や食事代を強要するといった非礼な言動をとり、また、同乗していたバスガイドに対して嫌がらせを行ったこと、
2 主要な争点は、債務者主張のような解雇事由を基礎づける事実が存在するか否か、仮に、右事実が存在するとして、債務者会社の規定する就業規則一〇九条に該当するといえるか、また解雇事由として社会通念上相当であるといえるか(それとも解雇権の濫用といえるか)である。
第三裁判所の判断
一 債務者主張のような解雇事由を基礎づける事実が存在するか否かについて
本件疎明資料及び審尋の全趣旨に基づき、債務者主張の解雇事由の存否につき判断すると、以下のとおりである(以下、括弧内の疎明資料の番号は、当該事実を裏付ける主要な疎明資料を示す。)。
1 債務者主張の解雇事由の(1)について
疎明資料等によれば、債権者は、昭和六二年七月二八日、名古屋にて交替運転手として乗務するよう債務者から業務命令を受けていたが、バスに乗り遅れて、当該バスの運転を交替することができなかったこと、そのため、債務者から、同年八月一二日付けで、職責を怠慢し業務に阻害をきたしたとの理由で出勤停止五日間(同年八月一〇日から同年八月一四日まで)の処分を受けたことの各事実が認められる(<証拠略>)。
しかしながら、債務者は、債権者がバスに乗り遅れたのはパチンコをしていたからであると主張するが、本件全疎明資料によっても、これを認めるに足る疎明はない。
2 同(2)について
疎明資料等によれば、平成元年一二月一二日、債権者が運行管理窓口において話をしているときに、同僚運転手の伊藤が後ろから債権者の顔越しに、通行許可書を提出したことが原因で、債権者と伊藤とが口論となったこと、これに対して、債務者は、債権者も伊藤も処分することなく、後日、債務者会社社長が「仲ようやれ。」と仲裁に入り、債権者と伊藤とを和解させたことの各事実が認められる(<証拠略>)。
右口論の際、債権者が伊藤に暴行を加えたかどうかの点については、伊藤は、「債権者から胸ぐらを掴まれ、突かれたり引いたりされた上、いきなり左肩を突き飛ばされ、転倒した。」旨供述する(<証拠略>)のに対し、債権者は、伊藤に対して暴行を加えたことはない旨供述する(<証拠略>)。
しかしながら、伊藤は、直後に、「右肩挫傷、頸部捻挫により、五日間の通院を要する」旨の診断書(<証拠略>に添付してある写し参照)をとって、これを債務者会社に提出していることが認められ、右診断書に照らして、債権者の供述は信用できず、伊藤の供述どおり、債権者が伊藤に対し、暴行を加えたことが認められる。
3 同(3)について
(一) 平成二年七月八日の件について(なお、債務者は、答弁書において、平成二年七月七日の運行指示書の改ざんと主張するが、善解すると、平成二年七月八日の乗務記録を不正に記入した旨の主張と解される。)
債務者は、平成二年七月八日の乗務記録(<証拠略>)に「恵那」とある欄の左側に「八時」とあるのは、本来、八時三〇分と書くべきところを賃金を水増しするために、不正に「八時」と訂正したものである旨主張し、債務者会社摂津営業所長の播磨永雄(以下、「播磨」という。)も、これに沿う供述をする(<証拠略>)。
しかしながら、債務者会社総務課長であった阪本義明(以下、「阪本」という。)によれば、「債務者会社においては、旅行先からバスを出発した場合には、乗務記録の『発』のところには、出発時間として予定されていた時間より三〇分前の時刻を記載することになっている」とのことであり(<証拠略>)、債務者は、平成二年七月八日の乗務記録に関して、「前の晩、旅館に着いたときに、客から『明日、九時に出発する。』と言われたことから、乗務記録の発のところに、八時三〇分と記入していたが、翌朝になって客から『早く帰りたいので、出発時間を早くしたい。八時半に出たい。』との申し出があったため、客の要望に応じて、三〇分前の八時から待機していた。」旨供述する(債権者の供述どおりとすれば、出発予定時間は八時三〇分となる)ところであり(<証拠略>)、債権者の右供述に反して、債権者が八時三〇分から待機していたと認めるに足る疎明資料はない。
したがって、債務者の右主張は認めることができない。
(二) 平成二年七月二六日の件について
債務者は、「債権者は、平成二年七月二六日の乗務記録を不正に記入し、時間外賃金を不正に請求した。」旨主張し、阪本も、「債権者は、平成二年七月二六日にバスの修理を依頼し、翌二七日に修理が行われる手配となり、一七時には宿舎に入ったにもかかわらず、一八時二〇分に現地入庫したとして、一時間二〇分も時間外賃金を請求している。」旨供述する(<証拠略>)。
しかしながら、疎明資料等によれば、債権者は、平成二年七月二六日当日、バスが故障したことから、現地入庫後、債務者会社の指示を受けた上で、修理業者に連絡して、バスの修理をしてもらい、一八時二〇分ころに修理が終わるまで、待機していた(バスは、二六日の当日に修理をされた)ことが認められ(<証拠略>)、債務者の右主張及び阪本の供述は、七月二七日にバス修理がなされたことを前提とするもので、前記認定に反し、採用できない。
(三) その他
債務者は、(証拠略)の一覧表(略)(元の資料は、<証拠略>)のとおり、債権者が乗務記録を不正に記入して、不当に時間外賃金を請求している旨主張する。
しかしながら、債務者が右において不正記入と主張するものは、タコメーターが大きく振れなくなった時間より、一〇分ないし五〇分後(最も頻度が多いのは、二〇分後)の時間を入庫時間として、債権者が記載していることを主として指摘するものであるが、播磨によれば、入庫時間とは、営業所に帰って来て、給油をし、所定の位置に駐車した時間を指すものであるところ(<証拠略>)、債務者が指摘する右の一〇分ないし五〇分の時間は、債権者が営業所に帰って来て給油等をしていたために要した時間であって、債権者は、給油等を行い所定の位置に駐車した時間をもって、入庫時間と記載していることが認められる(<証拠略>)。
したがって、債務者の右主張は、採用できない。
4 同(4)について
疎明資料等によれば、平成四年一月二三日、債権者が運行管理窓口において、阪本と車両整備の話をしているときに、小野が「点呼や。」と債権者に呼びかけたが、債権者がこれに何の反応も示さなかったため、小野は「奥川、聞こえんのか。」と言い、これに対し、債権者が「話中やないか。」と反発したことから口論となったこと、その際、債権者は、小野に対し、挑発的な態度をとり、これに対し、小野は、債権者に対して大声をあげて、債権者の襟首を掴む暴行を加えたこと、そのため、債権者は、五日間の加療を要する頸部捻挫の傷害を受けたこと、その後、小野は、右事件により職場の秩序を乱して申し訳なかったとして、債務者会社に詫び状を提出したことの各事実が認められる(<証拠略>)。
しかしながら、本件全疎明資料によっても、債権者が小野に対して、暴行を加えたと認めるに足りる疎明はない。
5 同(5)について
債務者は、この点に関し、「債権者は、平成四年三月七日のスキー旅行の運転業務において、債務者会社の他の運転手と同部屋になるのが嫌だったため、債務者会社に無断で、旅館に対し、部屋替えを要求して右旅館に多大の迷惑をかけ、そのため、現地車庫入れが遅れた。」旨主張し、阪本もこれに沿う供述をする(<証拠略>)。
一方、バス乗務員の宿泊手配の担当者三田章(以下、「三田」という。)は、「平成四年三月、債権者から三田に対し、『通行料の支払いを巡り、客と関係が気まづくなり、客と同じ旅館に泊まりたくないので、他の宿泊先を探して欲しい。』旨の電話連絡があった。他の宿泊先を用意することはできないと返事をしたところ、債権者は、『自分で探す。』と言った。」旨供述する(<証拠略>)。
これに対し、債権者は、「平成四年三月七日、バス・スキーツアーの旅行客を旅館で降ろした後、自己の宿泊先が右旅行客と同じ旅館であるか、それとも別の旅館であるか分からなかったので、債務者会社に連絡をしたが、担当者が不在だったため、その指示を待っていた。また、有料道路の通行料の支払いを巡り、客がバス代と一緒に支払ったので支払えない旨言ったことから、客との間で、少しトラブルとなった。その後、債権者は、債務者会社営業担当者から、別の旅館に泊まるよう指示を受け、通行料についても、債権者において立て替えて払っておくようにとの指示を受けた。その後、債権者は、右指示どおり、別の旅館に泊まったが、右のような経緯から現地車庫入れが遅れた。」旨供述する(<証拠略>)。
このように阪本の供述と三田の供述と債権者の供述とは、三者とも食い違うのであるが、いずれにせよ、債権者に対する審尋の結果によれば、債務者会社の配車表には、運転手が宿泊する予定の旅館名は記載されておらず、したがって、債権者にとっては、他の運転手がどの旅館に泊まるのかは事前には分からないことが認められ(<証拠略>)、他に客観的疎明資料がない本件においては、他の運転手と同部屋になるのが嫌だったため、債務者会社に無断で、旅館に対し、部屋替えを要求したとの債務者の右主張は認めることができないというべきである。
6 同(6)について
この点に関して、阪本は、「債務者会社は、債権者の請求により、平成四年三月二九日の宿泊代を支払った。その後、新東京観光のリー社長から『平成四年三月二九日の旅行の際、現地のガイドが債権者に対して、祝儀の他に宿泊代一万二〇〇〇円を手渡したと言っている』旨を聞いた。そうであれば、債権者の提出した領収書が新東京観光にある筈だから、領収書を貰えないかとリー社長に話した。」旨を供述する(<証拠略>)。
しかしながら、阪本の右供述は、人からの伝え聞きを内容とするもので、客観性に乏しいものであり、しかも、阪本によっても、「新東京観光から、その後、領収書は送られてきていない。」とされており(<証拠略>)、他に客観的疎明資料がない本件においては、債務者主張の右(6)の事実は認めることができないというべきである。
7 同(7)について
この点に関して、当初、債務者は、債権者が鐘園亭において、横柄な態度をとったのは、平成四年六月五日である旨主張していたが、その際、審理の終盤において、平成五年一一月一七日準備書面により、右の日を平成三年七月三〇日である旨主張を変更した。
そして、阪本は、「ガイドの勝岡から、債権者が鐘園亭において、横柄な態度をとったことがある旨を聞いた」旨を供述し(<証拠略>)、播磨も同趣旨の供述をする(<証拠略>)。
しかしながら、債務者の主張は、債権者が鐘園亭において、横柄な態度をとったする日において一貫性を欠くものであるのみならず、債務者の右主張を裏付ける阪本及び播磨の右供述も、人からの伝え聞きを内容とするもので、客観性に乏しいものであることを考慮すると、他に客観的疎明資料がない本件においては、債務者主張の右(7)の事実は認めることができないというべきである。
8 同(8)について
疎明資料等によれば、債権者は、平成四年七月一三日、東京都八王子市から首都高速道、東名高速道経由で帰阪するバスの運転業務に従事したこと、その途中、八王子市バイパス付近で、渋滞に遇い、ノロノロ走っていた前走車が停止したのに気付くのが遅れ、急ブレーキをかけたが間に合わず、自己が運転していたバスの前部を前走車後部に衝突させ、前走車のバンパー等を損傷させた上に、前走車の運転手及び同乗者に対し傷害を負わせる交通事故を起こしたこと、その後、右交通事故を起こしたことを理由に、債務者会社社長から訓戒処分を受けたことの各事実が認められる(<証拠略>)。
債務者は、この点に関し、「債権者は、時間外賃金を稼ぐために、故意に首都高速経由で帰ろうとした。」旨主張するが、債権者は、「東京都八王子市に来たのが初めてであったので、帰阪のコースが分からず、債務者会社の担当者田口に『他の運転手は、どのコースをとっているのか。』と確認したところ、右田口が『中央高速道と首都高速、東名高速道の両方の領収書がある。』旨回答した。そして、中央高速道は小牧から岡谷までしか走行したことがなく不慣れであったことから首都高速経由で帰阪した。」旨供述しており(<証拠略>)、他に疎明資料がない本件においては、時間外賃金を稼ぐために、故意に首都高速経由で帰阪したとの債務者の主張は、認めることができない。
そして、右交通事故の被害者(前走車の運転手及び同乗者)の傷害の程度や右交通事故により債務者会社の業務に具体的にいかなる支障が生じたかについては、本件全疎明資料によっても、全く疎明されていない(もっとも、被害者の傷害の程度については、前走車は渋滞のためノロノロ走っていたとされ、<証拠略>によれば、債権者も時速五キロで走行していたとあることから、それほど重症のものではないと推認される。)。
9 同(9)について
債務者は、この点に関し、「債権者は、霊友会が客である運転業務について、祝儀が少ない等の理由で嫌がっていた。そのため、債権者は、霊友会が客である運転業務について、平成二年八月五日から八日、同年一一月一七日から一八日、平成三年七月一三日から一五日、同年八月一五日から一八日、平成四年五月三日から五日、同年七月二七日から二八日の計六回にわたり、乗務を拒否し休暇をとっている。」旨主張し、播磨もこれに沿う供述をする(<証拠略>)。
しかしながら、疎明資料等によれば、債権者は、平成二年から平成四年九月にかけて、霊友会が客である運転業務について、合計一四回、運転業務に従事していること、平成三年七月一三日から一五日については、債権者は、早くから計画していた家族旅行のため有給休暇をとったこと、平成三年八月一五日から一八日については、急性胃炎に罹ったこと(その旨の診断書もある。)から債務者会社に連絡した上、有給休暇をとっていること、また、同年七月二七日から二八日については、債権者の伯母を病院に見舞うため、有給休暇をとったことの各事実が認められる(<証拠略>)
もっとも、債権者は、債務者主張のその余の休暇については、休暇の理由を明らかにしていないが、疎明資料等によれば、債務者会社においては、紳士協定で休暇の申し入れは、三日前にすることになっていること、他方、債務者会社においては、配車表は前日に張り出されるため、運転手はその時、初めて乗務内容が分かるようになることの各事実が認められる(<証拠略>)。
そうだとすると、債権者にとっては、三日前に休暇の申し入れをする際には、休暇の日に該当する乗務内容は分からないという他なく、前記認定のように、債権者が平成二年から平成四年九月にかけて、霊友会が客である運転業務について、合計一四回、運転業務に従事していることを併せて勘案すると、債務者主張の(9)の事実は認めることができないというべきである。
10 同(10)について
債務者は、「債権者は、客や添乗員から、他の運転手やバイガイドの分と併せてという趣旨でチップを貰っているにもかかわらず、他の運転手やバスガイドに対して、その分を渡さず、全額を自己のものとしたことが何回もあった。」と主張し、具体的には、竹内幸子(以下、「竹内」という。)、川井聡子(以下、「川井」という。)、福本多美子(以下、「福本」という。)及び長友幸男(以下、「長友」という。)らが被害者である旨主張するので、以下、個別に検討する。
(一) 竹内の件に関して
竹内は、「平成三年一〇月二七日、竹内は、債権者が運転する二号車のガイドとして同乗した。債権者は、客から乗務員四名分の祝儀袋を右乗務員らの前で受取り、うち一号車の二名分の祝儀袋二袋を一号車の運転手長友に手渡し、二号車の二名分の祝儀袋二袋を同乗のガイドである竹内に渡した。竹内は、休み時間に公園で、祝儀袋二袋の中身をあらため、それぞれ五〇〇〇円が入っているのを確認した後、二号車に戻り、運転席のダッシュボードに祝儀袋二袋を入れておいた。その後、客を送り終えてから、債権者より、五〇〇〇円が入っている祝儀袋一袋を受け取ったが、その際、債権者は、もう一つの祝儀袋に、中身が入っていないと言った。そのため、竹内は、五〇〇〇円が入っている祝儀袋を債権者の空の祝儀袋と交換した。その結果、竹内は、祝儀五〇〇〇円を受け取っていない。」旨を供述する(<証拠略>)。
これに対し、債権者は、右事実を否定し、「バス走行中、幹事から祝儀袋を竹内がもらって、日報入れのバインダーに挟んだままにしておいた。入庫後、竹内が祝儀袋を開け、中に何も入っていない旨を言い出した。」と供述する(<証拠略>)。
そこで検討するに、そもそも、竹内の供述は、もし、債権者が二号車の二名分の祝儀袋二袋を客から受け取ったのであれば、竹内の分のみ手渡せばいいのであるから、祝儀袋二袋とも竹内に手渡したとする点において不自然であるし、また、竹内は、祝儀袋二袋の中身をあらためたとするが、祝儀袋が封がされていたかどうかも、その供述ははっきりせず、仮に、祝儀袋が封がされていたのであれば、自己の分の祝儀袋はともかく、債権者の分の祝儀袋まで開封することは、常識上あり得ないから、祝儀袋二袋とも、中身がいくらであるかをどのように確かめたのか疑問があるといわざるを得ない。
以上のように、竹内の供述は、不自然、不明確なところがあるので、直ちに信用することはできず、他に疎明資料のない本件においては、債権者が竹内の分の祝儀を自己のものとしたとは認めることができない。
(二) 川井の件に関して
川井は、「平成三年一月一三日から一四日にかけて、川井は、債権者が運転するバスのガイドとして同乗したが、その際、世一観光の添乗員とトラブルがあり、乗務終了後、債権者から『お前のために、祝儀がもらえなかった。』旨を言われた。その後、川井は、その添乗員と会ったときに、『私のために、祝儀がなかったのですか。』と聞いたところ、右添乗員は、『あの時は、債権者に迷惑をかけたので、会社から出ている祝儀と私個人がプラスして渡しました。』との返事をした。」旨供述する(<証拠略>)。
これに対し、債権者は、「平成三年一月一三日から一四日にかけての乗務において、川井は、添乗員から『今日のガイドは可愛いね。』と言われたことから腹を立て、添乗員と口論をした。そのため、債権者は、川井に注意したが、その後、右添乗員が話かけても、これを無視したり、添乗員に暴言を吐いたりした。客を降ろした後、債権者は、右添乗員から『ガイドにはやらないでくれ。これは、ドライバーさんに、迷惑をかけたので。』と言われて、二〇〇〇円をもらった。」旨供述する(<証拠略>)。
このように、債権者の供述と川井の供述とは食い違うのであるが、仮に、川井の供述を前提とするにしても、世一観光の添乗員は、債権者と川井の二人分の祝儀という趣旨で、債権者に手渡したのか、川井の供述によってもはっきりせず、他に疎明資料のない本件においては、債権者が、川井の分の祝儀を自己のものとしたとは認めることができない。
(三) 福本の件に関して
福本は、「平成三年三月三日、川井は、債権者が運転する二号車(先頭車)のガイドとして同乗したが、昼食休憩時に、債権者から、『祝儀はなかった。タオルだけだった。』と言われて、タオルを受け取った。しかし、その後、一号車(後続車)のガイドから聞いたところ、三〇〇〇円入りの祝儀袋とタオルをもらったと聞いた。普通の場合、祝儀は、先頭の乗務員にまとめて手渡されるか、各車毎に手渡されるかのいずれかであるが、今回のように、後続車に祝儀が出て、先頭車に祝儀が出ないことは、考えられないことである。」旨供述する(<証拠略>)。
これに対し、債権者は、「平成三年三月三日の乗務に関しては、出発時は、債権者の運転した二号車が先頭車であったが、途中で、客を乗せたため、一号車が二号車を追い越し、配車地には、一号車が先に着いた。そのため、祝儀は、一号車の運転手門口に手渡された。その後、門口は、『三〇〇〇円もらった。』と言って、債権者も含めて乗務員四名に祝儀を(運転手九〇〇円、ガイド六〇〇円づつ)、配分してくれた。』旨供述する(<証拠略>)。
このように、債権者の供述と福本の供述と食い違うのであるが、仮に福本の供述を前提とするにしても、一号車の運転手門口のもらった三〇〇〇円以外に、二号車の乗務員のためだけに別途、祝儀が出されたことを認めるに足る疎明資料はないから、債権者が、福本の分の祝儀を自己のものとしたとの債務者の主張は認めることができない。
(四) 長友の件に関して
この点に関し、債務者は、「債権者は、長友の分の祝儀のうち、一五〇〇円を自己のものとした。」旨主張し、長友も、「平成四年九月二八日からの二泊三日の運転業務において、長友は、債権者から『お客から寸志をもらった。』と言われて、白色封筒に一万二〇〇〇円入っているのを見せられ、半分の六〇〇〇円を債権者からもらった。しかし、その後、添乗員に確認したところ、封筒には一万五〇〇〇円を入れたと言われた。」旨供述する(<証拠略>)。
これに対して、債権者は、「長友の目の前で、封筒を開封したが、封筒には一万二〇〇〇円しか入っていなかった。」旨供述する(<証拠略>)。
このように、債権者の供述と長友の供述とは食い違うところ、長友が真実、添乗員に確認しており、右添乗員の記憶が間違っていないとすれば、祝儀の封筒には、一万五〇〇〇円が入っていたというべきであるから、債権者が長友に渡すべき一五〇〇円分の祝儀を自己のものとしたとの疑いは否定しきれないのであるが、他方、阪本の供述によれば、長友は、債権者の運転マナーが悪いとして、債権者と二人乗務をしたくないと表明しているとのことであり(<証拠略>)、債権者を嫌悪していることが窺われ、その供述の信用性には疑問の余地がないわけではなく、債権者の供述と長友の供述としかなく、右添乗員の供述等の客観的な疎明資料のない本件においては、債権者が長友の分の祝儀を自己のものとしたとの債務者の主張は認めることができないというべきである。
11 同(11)について
疎明資料等によれば、債権者は、平成四年一〇月二六日から二七日にかけて、台湾からの団体旅行客を乗せて、一泊二日の高松方面へのバス旅行の運転業務に従事したこと、その際、債権者は、荷物のバスへの積み卸しを全く手伝おうとはせず、同乗のアルバイトのガイドである藤井恵美子(以下、「藤井」という。)と台湾人添乗員の施東延に、これをさせていたこと、債権者は、旅行途中に右添乗員に「チップをいくら出すのか。」と聞き、右添乗員が「八〇〇〇円くらいである。」と返事をしたことから、「台湾の団体はケチである。」と大声で言ったこと、これに対し、右添乗員は、旅行で嫌な思いをしたくないため、旅行客から集めた八〇〇〇円の他に自己の二〇〇〇円を加えて、債権者に一万円のチップを渡したこと、債権者は、旅行途中、京王プラザホテル付近で、藤井に、道を聞いてくれと頼んだが、藤井が「私は、土地感もないし、私が聞いても……。」と言ったことから、債権者は、「アルバイトやから、ドライバーの言うことを聞かなあかんのやど。なんや思うてんねん、お前は、アルバイトやど。本勤違うんやど。」などと強い調子で藤井をしかったこと、その後、大阪に着いてから、夕食代の処理を巡って、債権者、藤井、添乗員の三者の間でトラブルが生じ、新阪急ホテルの近くで三〇分以上、バスを停車していたこと、そのため、藤井は、泣き声で、債務者会社に電話連絡して、入庫前であるにもかかわらず帰宅してしまったこと、その後、右添乗員は、台湾に帰国してから、債務者会社に対し、旅行のときの様子と債権者についての苦情を記したファクシミリを送信してきたこと、以上の各事実が認められる(<証拠略>)。
これに対し、債権者は、チップとして、添乗員から一万円をもらったことは認めるものの、「添乗員に対して、チップを強要したことはなく、『台湾の団体はケチである。』などと言ったことはない。また、一〇月二六日の朝は、添乗員に断った上でトイレに行ったため、結果的に荷物の積み込みの手伝いができなかっただけであり、二六日の夕方、京王プラザホテルに着いたときは、荷物を降ろすのを手伝っている。」旨供述する(<証拠略>)。
しかしながら、右のチップの点と荷物の積み降ろしの点に関しては、右添乗員のファクシミリの内容(<証拠略>)と藤井の供述内容(<証拠略>)とは、概ね一致するところであり、外国人旅行客の添乗員が、わざわざ債務者会社に対し、苦情を記したファクシミリを送信してきたことを併せ考えると、債権者の右供述は直ちに信用することができない。
また、債権者は、「京王プラザホテルで客を降ろした後、藤井に対し『駐車場はどこにあるかをホテルのフロントに行って聞いてきてほしい。』と言ったところ、藤井が『そんなことは、ドライバーが聞けばいい。私が聞いても仕方がない。』と反発した。」旨供述する(<証拠略>)が、藤井は、この点に関する債権者の発言を相当具体的に供述していることに照らし、債権者の右供述は、直ちに信用できない。
なお、債務者は、債権者が藤井の分のチップを自己のものとした旨主張し、藤井もその旨供述する(<証拠略>)。しかしながら、債権者は、「藤井の場合はアルバイトのガイドであるため、チップは、一日当たり五〇〇円が相場であるので、一〇〇〇円であるが、添乗員からもらった一万円のチップのうち、藤井の分の一〇〇〇円は、当日、藤井が途中で帰宅し、渡すことができなかったため、所長の播磨に手渡した。」旨供述する(<証拠略>)ところであり、債権者の右供述を覆すに足りる疎明資料がない本件においては、債務者の右主張は、認めることができない。
また、夕食代については、藤井は、「添乗員は、奥川に対し、夕食代二七〇〇円を渡した旨を言っていた。それで、藤井は、債権者に確かめたところ、『添乗員、呼んで来い。話つけようやないか。』と藤井に大声で怒鳴った。」と供述する。
これに対し、債権者は、「客が重慶飯店で食事をする間、待機している際に、藤井が『食事代を下さい。』と言った。債権者は、『もらっていない。』と答えたが、藤井は、『いや、もらっているはずや。』と何回も言った。そこで、債権者は、添乗員に対し、『なぜ、食事代を渡していないのに、藤井に対し、渡したと言うのか。』と尋ねたが、添乗員は、『そんなことは言っていない。』と否定した。そのため、債権者は、添乗員に対し、『客を降ろしてから、三人で話をしたいから、バスのほうに来てくれ。』と言った。」旨供述する(<証拠略>)。
他方、右添乗員は、「債権者は、夕食代を要求し、『もし出さなければ、食事場所である重慶飯店に連れて行かない。』と言った。」とも供述するが、他方、「債権者は、残業代を要求し、『もし出さなければ、重慶飯店に荷物を降ろして帰る。』と言った。」とも供述し、「ホテルに着いたとき、一万円を債権者に渡したら、大声で『いらない。』と言って、一万円を投げ返した。その後、一枚の紙に、車番も名前も書かず、夜の食事代を要求された。その時に、債権者と藤井が喧嘩を始めた。そして、債権者は、添乗員に対し、『食事代はいらない。』と言い出し、『食事代をもらっていない旨を藤井に言うように。』と言った。」旨供述している(<証拠略>)。右一万円の趣旨が、チップなのか、夕食代なのか、あるいは残業代なのかは不明確である(一万円という金額からは、チップとも解されるが、添乗員は、「債権者は、一万円を投げ返した。」と供述しているところ、添乗員から一万円のチップをもらったことは、債権者自身認めているところであるから、チップを投げ返したとするのも釈然としない。)が、いずれにせよ、添乗員は、夕食代については、最終的に支払ったとは供述していないことから、債権者は、夕食代を添乗員からは受け取っていないと認められる。
以上の次第であるので、藤井が泣き声で、債務者会社に電話連絡して、入庫前であるにもかかわらず帰宅したことからすると、相当に激しいトラブルがあったことが推認されるものの、夕食代をめぐるトラブルについては、関係者間で供述があまりにも食い違い、その原因や経緯は不明であるという他なく、したがって、債権者が添乗員に対し、夕食代を強要したとの事実は認められない。
二 債務者会社の規定する就業規則一〇九条に該当するといえるか、また解雇由として社会通念上相当であるといえるか(それとも解雇権の濫用といえるか)の点について
前記一によれば、債務者主張の解雇事由を基礎づける事実のうち、疎明資料等により、その存在が認められるのは、(1)、(2)、(4)、(8)及び(11)の各事実(ただし、(1)、(4)、(8)及び(11)については、前記認定の限度で)である。
そこで、<1>これらの事実が、債務者会社の規定する就業規則一〇九条(<証拠略>)に該当するといえるか(債務者は、それぞれの事実が同条の何号に該当するかについては、主張していない)、また、<2>右一〇九条に該当するとしても、解雇の事由として社会通念上相当であるといえるか(それとも解雇権の濫用といえるか)を検討する。
なお、右<2>を判断するにあたっては、次のように考えるべきである。すなわち、そもそも、諭旨解雇処分は、労働者の雇用関係を消滅させてしまうものであって、使用者が労働者に対して行う懲戒処分の中でも、懲戒解雇処分に次いで重いものであるから、労働者が規律違反をしたと認められる場合であっても、右規律違反の種類・程度その他の事情に照らして、解雇を相当とするような場合でなければ諭旨解雇処分は許されないというべきであり、仮に、使用者が右相当性を逸脱して労働者を諭旨解雇処分にしたときは、当該解雇は、解雇権を濫用したものとして無効であるというべきである。
右のような見地に立って判断すると、まず、(1)の事実は、形式的には、就業規則一〇九条の四号(所属長の許可なく濫りに長時間職場を離れたとき)に該当するといえるが、債権者は、右事実に基づいて、既に、出勤停止五日間の処分を受けており、これを解雇事由とすることは、二重処分となり、社会通念上、許さないというべきである。
次に、(2)及び(4)の事実は、就業時間中の職場内における同僚同士の喧嘩であり、同条の一四号(会社の風紀を害し又は秩序を乱したとき)に該当すると認められる。しかしながら、右(2)の事実については、直後において、債権者と伊藤とも何らの処分もされず、後日、債務者会社社長が両者の間に入り、両者を和解させ、解決済みの問題であること、また、(4)の事実については、暴行を振るったのは、債権者ではなく、小野のほうであることからいって、右(2)及び(4)の事実を解雇事由とすることは、社会通念上、許されないというべきである。
(8)の事実については、就業規則一〇九条のうち該当性が問題となるのは、八号(職務怠慢により事故を発生させ業務に阻害をきたしたとき)であるが、前記認定によれば、債権者には、前方不注視の過失があったことが推認され、債権者に、「職務怠慢」があったことは認められるものの、本件全疎明資料によるも、右交通事故により債務者が業務に阻害をきたしたとの疎明はないから、同号に該当するとは認められない。
(11)の事実については、添乗員に対してチップを強要して、台湾からの旅行客に対し、「ケチである。」と大声で言ったことからして、一号(会社の名誉、信用を失墜せしめる行為をしたとき)に該当するものと認められる。そして、前記認定事実によれば、債権者は、同僚ともトラブルを起こしやすく、弱い立場にあるガイドに対し叱りつけたり、あるいは、荷物のバスへの積み卸しにつきガイドや添乗員を全く手伝わないなどの事実も認められ、観光客に対する十分なサービス精神や接客マナーが要請される観光バス会社の運転手としては適格性を欠く面が身受けられ、前記のように、債権者が添乗員に対してチップを強要して、台湾からの旅行客に対し、「ケチである。」と大声で言ったことを捉え、債務者が、債権者を諭旨解雇処分にしたことも、あながち理由のないことではない。
しかしながら、他方、疎明資料によれば、債務者会社の就業規則一〇七条においては、懲戒処分(制裁措置)として、諭旨解雇及び懲戒解雇以外に、「譴責(始末書をとり将来をいましめる。)」、「減給(始末書をとり、一回につき平均賃金の半日分、又は当該賃金支払期間の賃金総額の一〇分の一を超えない範囲において減給する。)」「出勤停止(始末書をとり一〇日以内の出勤停止とする。なお、期間中の賃金を支払わない。)」「停職(三か月以内の期間を定めて停職し、その期間中給与の全額又は一部を支給しない。)」等の処置が定められていることが認められ(<証拠略>)、本件において、債権者に認められる規律違反行為は、前記認定の程度のものであり、右規律違反行為の態様等を考慮すると、債権者に対し、譴責、あるいは場合によって、減給、出勤停止又は停職の処分をするのは格別、債権者を諭旨解雇処分とすることは、重きに失し、社会通念上、相当であるとは認められないというべきである。
以上によれば、本件解雇処分は、債権者主張のその余の点(予告手当て不支給、解雇の手続き違反や不当労働行為の主張等)を判断するまでもなく、解雇権を濫用したものであり、無効であるというべきである。
三 保全の必要性について
債権者は、本件解雇前は、三か月平均で、月額三三万七一四三円の賃金を債務者から受けていた(争いのない事実)ところ、本件解雇により、右の恒常的な収入の途を断たれたものであるから賃金の仮払いを受ける必要性が認められる。
そして、疎明資料等によれば、債権者は、専業主婦である妻、ビジネス専門学校に通っている長女、高校三年生の長男及び小学生の次女の計四人の家族を扶養していること、平成五年八月には七四万〇二四七円、同年九月には四二万〇〇三〇円の各支出をしており、とくに長女及び長男の学費に相当の支出を必要としていること、他方、本件解雇後しばらくは就職していなかったものの、平成五年四月中旬からは運送会社においてアルバイトで働き、同年五月には一〇万円、同年六月には二八万七〇〇〇円、同年七月には二六万五四三〇円の収入を得ていることの各事実が認められる(<証拠略>)。
したがって、債権者については、平成五年一二月から本案の第一審判決言渡しに至るまで、毎月二八日限り、金三三万七一四三円の割合による金員の仮払いを認める必要性があるというべきである。また、健康保険の維持等のため、労働契約上の地位保全の必要性も認められる。
しかしながら、債権者の求める金員の仮払いのうち、既に支払期を経過した平成四年一二月から平成五年一一月の分については、前記認定のように、債権者は、アルバイト就労に基づきある程度の収入を受けており、現在に至るまで一応、生計を維持してきていると推認されること、及び、右の経過した分の支払いを受けなければ今後の債権者の生活を維持し難いような特段の事情があるとの疎明はないこと等の事情を考慮すると、右の分の金員の仮払いについては、必要性が認められない。
また、本案訴訟の第一審において勝訴すれば、通常の場合、仮執行宣言を得ることによって仮払いを求めるのと同一の目的を達することができるから、金員の仮払いの終期は本案の第一審判決言渡しまでとすれば足り、これを超える期間の仮払いを求めるべき必要性は認められない。
四 結論
以上の次第で、債権者の本件仮処分命令の申立は、前記三に述べた限度で理由があるので、右限度でこれを認容し(なお、事案の性質上、債権者に担保を立てさせないこととする。)、その他は、理由がないので、これを却下し、申立費用につき、民事保全法七条、民事訴訟法八九条、九二条を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判官 源孝治)